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感想など
投稿者:
関口
投稿日:2009年 3月 1日(日)22時58分40秒
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初代今川太郎の次男を祖とする関口氏について暇つぶしに調べていた折、たまたま貴サイトを拝見しました。今川一門(系図) が見やすく参考になりました。写真が添えられた小旅行的な記事も興味深く存じました。
小生は、特に今川氏に思い入れは御座いませんが、義元公がお歯黒を愛用していたとか、百貫デブで乗馬不能だった等、人口に膾炙した通説は、後の世に捏造された俗説だとかを耳にした記憶が御座います。そもそも雪斎禅師の薫陶を受け、海道一の弓取りとまで言われた殿様ですから、後世の過小評価が不自然で合理性に欠けるという印象は常々感じておりました。
恐らく信長の革新性を引き立てる為に恰も悪役の如く位置付けられ、更にたまたま食らった一発の不意打ち故に、桶狭間以前の彼の人物像が脚光を浴びる事もなく(斯く言う小生も桶狭間以前の彼の事跡はよく存じませんが)、否定的に誤解されているように思えます。
よく言われるように、歴史に「もし」はありませんが、禅師が現代の日本人ほど長命であれば、彼が首尾よく上洛を果たし、信長の代わりに天下国家に号令していたかも知れないと考えると、それによって関口家も没落せずに繁栄していたでしょうから、惜しい気が致します。(尤も、お世継ぎが氏真公では、織田や豊臣の二代目の如く、他の実力者に権力を簒奪されていたのではないかと思われますが。)
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