teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]

スレッド一覧

  1. 足あと帳(0)
スレッド一覧(全1)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


●●「照葉樹」二期・3号(福岡県)

 投稿者:東谷貞夫  投稿日:2013年 4月 8日(月)16時36分37秒 e0109-49-132-50-136.uqwimax.jp
返信・引用
   上原輸「夜の足型」

 あたしの国は冬はいつも吹雪いていて、亡くなった人の足型を氷で作り、玄関に置いておく風習があります。夜になると、氷の足型は死んだ人の意向に沿ってお別れの挨拶をする人のところに行き、思い残すことがなくなると、氷の足型は解け、亡くなった人は埋葬されます。氷の足型という着想は生きています。
 あたしの父が亡くなり、その翌日にケンという旅人がやってきます。さまざまな国を回り、多くの民族に接し、習慣や考え方の多様性に親しんでいます。玄関の氷に足型に興味を抱き、あたしが説明すると、二階に安置してある父の遺体に手を合わせます。おばあさんが腰を悪くして入院していましたが、ケンの世話によりあたしの家にいます。厳しい冬が終わり、春の日差しが差すようになっても、氷の足型はしっかりしたままです。父の皮膚が黒ずみ、仄かな異臭もしてきて、ケンは埋葬を提案します。あたしとおばあさんは足型がある以上は埋葬はできないと反対します。従来の習慣にこだわっていると、歪んだ方向に向いてゆきます――ケンはなおも説得しますが、おばあさんは自分の人生を否定されたように憤ります。ケンはまた旅に出かけます。
 氷の足型は旧来の常識や価値観の象徴とすればケンは合理的な考え方の持ち主で、理屈に合わない風習や伝承などをなくそうとするところがあって、しかし世俗には正義とか悪徳とか、そういうものでは割り切れない現象も無数にあり、ケンの言説を現実への暗喩と解釈するのも問題がありそうです。
 この書き手はテーマと文体をうまく融合させています。
 
 

●●「あるかいど」49号(二)

 投稿者:東谷貞夫  投稿日:2013年 4月 6日(土)13時42分2秒 e0109-49-132-51-60.uqwimax.jp
返信・引用 編集済
   楠本一功「権やんの水門」

 大村湾の奥まった入り江に海側と内側の大池の間に堤防があり、その堤防の端に水門があって、権やんと呼ばれている権蔵が管理しています。堤防の石垣がぼろぼろになり、改修されることになり、同時に手動式の水門の代わりに自動的に入り江側と大池側に水位を調整できる水門が設置され、権やんの仕事がなくなります。堤防付近は僕の釣り場であり、小魚やウナギが取れ、退屈しない遊び場ですが、それがなくなりそうです。
 僕は辰平達と工事用のトロッコを勝手に動かして遊んでいると、権やんの家の方から妙な唸り声がしてきて、権やんが村の人はだれも食べないアカテガニを噛み砕いており、異様な顔立ちです。権やんは七十歳ぐらいで、キワおばさんの世話になっていて、何十年も務めた仕事がなくなり、生きがいを失くし、気が触れたのでしょう。土間に額を打ち付けて死にますが、身寄りがなく、その数日後にキワおばさんは水門近くに身を投げます。
 取り立てて目新しいテーマではありませんが、文章がしっかりしていて、穏やかな基調は読み手を安心させてくれます。このような書き手は同人誌の財産でしょうか。

 田代美代子の「潮岬」また楠本一功の「権やんの水門」に比べると、池戸亮太の「鳴石」は明らかに書き急いでいます。とくに郷土民芸館の香奈が登場して文章の質が落ち、メールの件はマンガです。
 香奈や吉郎浄土また郡上踊りなどは時間という得体のしれない大釜に入れ、薬草や香料を添加し――何時になるかはわかりませんが、芳醇な香りが漂いはじめ、熟成されてきたのであり、その時期まで辛抱すべきでしょう。鳴石の象徴化までは茨の道がつづきます。


 
 

●●「あるかいど」49号(大阪府)

 投稿者:東谷貞夫  投稿日:2013年 4月 5日(金)20時33分15秒 e0109-49-132-51-60.uqwimax.jp
返信・引用 編集済
   田中美代子「潮岬」

 奈津美は祖母と弟そして二人の妹の五人で満州から引き揚げ、佐世保港に着きます。母は途中で亡くなり、とりあえず大阪駅の避難所に入ります。引揚者の名前をラジオが伝え、父が迎えに来て、お世話になっている串本から山の方に入ったお寺に帰りますが、書き手の感傷に流されぬ密度のある文章は読み手を惹きつけます。
 お寺から一軒家に移り、父に何かと気をかけてくれる清江さんの配慮です。清江さんは大地主の森家の娘で、親の反対を押し切って漁師と結婚し、その夫は中国で戦死しています。清江さんは小作人の立場で農作業をし、野菜などを奈津美の家族に届けています。父が子供と祖母の引揚に気づかなかったら春江さんおよび彼女の娘の妙子と一緒に暮らしていたでしょう。父は串本で時計の修理屋をはじめ、やがて大阪に店を構え、奈津美の家族は出雲の村を離れます。春江さんの娘の妙子と奈津美の陰湿な関係あるいは鰹漁に沸く地元の漁師のさわやかな男ぶりなど、変化に満ちた人間模様が描かれ、この書き手の重心の低い技倆が生きています。
 地味な作風ですが、読み応えがあります。
 

●●「イマジネーション」10号(二)

 投稿者:東谷貞夫  投稿日:2013年 4月 4日(木)18時40分32秒 e0109-49-132-49-255.uqwimax.jp
返信・引用
   清水昭三「鳥居から飛行機の話へ」

 この書き手は海軍の特攻隊員でしたが、出撃前に敗戦となります。広島と長崎に原爆が投下され、街は一瞬にして廃墟になり、その五十年後に広島の護国神社の大鳥居は無事に立っている姿を見て感動します。鳥居は神そのものに変身し、その厳粛な姿は原爆に打ち勝っているようです。長崎の山王神社の鳥居も破壊されずに美しく聳え立っていて、そこには犠牲者の祈りが凝縮しています。
 戦友会でこの話をし、書き残したい意思を示すと、同期の桜で神主の友人が励まします。お互いに八十歳を越えており、頭と肉体には微妙な落差があり、資料を集めても、なかなか筆は捗らず、神主の友人からますます強い激励の声が届きます。
 護国神社の大鳥居は戦場に散った将兵の無念の魂の叫びが原爆を撥ね退け、山王神社の第一鳥居は祭神の天照皇太大神に守られていたのです。B29の操縦士は破壊された長崎の町の不気味な風景の中に白く輝く鳥居を見て背筋が寒くなった――そういう推察も成り立つようです。
 鳥居はなぜ倒れなかったのか――永遠の謎です。護国神社あるいは山王神社の成り立ちや歴史的変遷を辿っても、鳥居が倒れなかった理由はわかりません。
 

●●「イマジネーション」10号(一)(山梨県)

 投稿者:東谷貞夫  投稿日:2013年 4月 4日(木)12時48分14秒 e0109-49-132-49-255.uqwimax.jp
返信・引用
   この雑誌は山梨文芸協会の発行であり、地元の文学や芸術の振興に貢献していて、文学愛好者および郷土歴史家などの発表の場になっています。

 濃野初美「踊り猫」
 月の明るい夜、村はずれの林に年より猫たちは集まり、踊っています。人間の着物を着て手拭いをかぶり、なかなか上手です。その輪の中に若い三毛子がいて、巧みな手さばきで先輩たちから褒められています。三毛子の住んでいる寺はお布施が少なく、お葬式もなく、非常に貧乏です。まともな食事もできず、しかし和尚は自分の半分の食事を三毛子に与えています。そこで猫たちは知恵を絞ります。
 町の旗本の屋敷から葬式が出る気配であり、その葬式を貧乏寺でする計画を立てます。葬式の行列が出ると、俄かに黒雲が現れ、棺を乗せて飛び去り、参列者は慌てて追いかけます。貧乏寺の近くで和尚が念仏を唱えて数珠を黒雲に投げかけると、棺は本堂に鎮座していて、町の旗本の家族や参列者は和尚の法力に驚き、葬儀はそこで厳粛に行われます。和尚は三毛子の指示通りに動き、猫たちの思いやりとはわからなかったようです。和尚には人知を超えた法力があるという噂が広まり、檀家が増え、お布施が集まり、見違えるようなお寺のたたず佇まいになっています。
 猫の恩返しです。和尚は喜びますが、手拭いがよくなくなり、気になっていて、猫たちが踊りに使っているのです。猫が踊ることも、人間の言葉を理解するのも、不思議な現象です。
 この書き手は素直で文意の通じる文章を見極めていて、しかも筋書きが巧みであり、その技倆は成長してゆくでしょう。さわやかな趣きの作品です。
 
 

●●「内海文学」133号(愛媛県)

 投稿者:東谷貞夫  投稿日:2013年 4月 2日(火)19時58分25秒 e0109-49-132-54-241.uqwimax.jp
返信・引用 編集済
   星励「悲しき口笛」

 昨年にオジの熊口武蔵は78歳で亡くなり、有津卓郎はオジの遺産整理にために生まれ育った新居浜の駅に降り立ちます。大きな建物があり、遠くの山並みはところどころ隠れていて、昔の面影は消えています。オジは母の実家を継ぎ、農業に専念し、結婚はしていません。国民学校しか出ていませんが、父親によると農作業に学歴は不要ということです。オジの姉妹は医師や教師になっています。オジの家は杉垣で囲まれ、池や竹藪があり、食糧難の時代には闇屋がひそかに訪れ、米や野菜などを買い込んでいたようです。卓郎とは十歳も離れていないので、よく遊んでもらい、オジは口笛が上手く、とくに美空ひばりの「悲しき口笛」は得意で、その他に「上海の花売り娘」や「湖畔の宿」など、印象に残っています。卓郎は東京暮らしなので、小学校しか出てないオジを見下しています。古希を過ぎて、オジという人物を見直すと、自分の浅はかさに気づき、申し訳ない気持ちです。
 昔の農地や建物は登記漏れが多く、市役所や公証人役場さらに法務局などでの煩わしい手続きが必要であり、司法書士との慎重な打ち合わせが要求されます。整理まで何か月かかるかわかりません。
 昔の農村風景は失われ、新しい住宅が建ち、町の統一性はまったく無視されています。時代の流れなのでしょう。卓郎はヨオロッパを旅行したとき、何百年もつづく町の趣きある佇まいに心を動かされましたが、生まれ育った新居浜の住宅や道路を見て、街づくりのポリシーのなさを痛感します。パーム公園で古い少女像を見つけ、かっては子供たちの夢が投影されていたのでしょうが、今では昔の遺物になっています。オジと卓郎そして少女像は時代に取り残された象徴のようです。懐かしい思い出も悲しい出来事も、もはや手の届かぬものになっています。
 東京の支離滅裂な生活風俗が田舎都市にも蔓延していて、多くの人々がそれを文化といっているようです。失われた田舎の風景への哀惜の情が流れています。
 

●●「くるみ」7号(富山県)

 投稿者:東谷貞夫  投稿日:2013年 4月 1日(月)18時36分20秒 e0109-49-132-75-74.uqwimax.jp
返信・引用
   この同人誌は北日本新聞カルチャーパーク高岡の文章教室の受講生によって発行されています。号を重ねるにつれて、充実している気配です。
 たとえば加門たい子の「雪の降る夜に」は意欲的な姿勢がうかがえます。主人公の一夫は定年の日を迎え、送別会がある予定でしたが、またの機会にというこになります。あまり評価されていなかったのでしょう。私物や小振りの花束の入った紙袋を提げて、カウンターだけの居酒屋でひとりでお酒を飲みます。雪が降っていて、駅のタクシー乗り場は混雑していて、ようやくタクシーに乗り込み、そこで運転手とのさまざまな話があって、とくに落し物の話が面白く――。この書き手は次の作品でははるかに成長しているように感じます。
 高岡といえば、十九世紀のパリ万博などで銅の精密工芸品が高く評価されていましたが、その伝統を受け継ぐ職人の話なども、やがて「くるみ」の誌面を賑わすのではないかと期待されます。
 

●●「法螺」67号・井藤藍(大阪府)

 投稿者:東谷貞夫  投稿日:2013年 3月31日(日)19時52分41秒 e0109-49-132-75-74.uqwimax.jp
返信・引用 編集済
   井藤藍「見知らぬ街」

 出色の作品です。柔軟で艶のある文章は心理の襞をも精妙に染めています。
 良子はひとり暮らしで、両親は早く亡くなり、難病を抱えた弟は健康を回復し、教師になっています。五十歳頃に猫を飼いはじめ、雌猫ですが、権と名付けます。昔、田舎に同じ名前の猫がいて、かわいがっていました。すでに十五年は経ち、権は元気がなくなり、獣医によると、人間の八十歳を越えており、寿命ということです。良子は会社を辞め、権の世話に専念します。亡くなってみると、虚脱状態がつづき、元同僚の真由美の紹介でカラオケ教室に通います。声に伸びがあると褒められます。発表会が近づくと、たまに歌詞を忘れ、不安になります。発表会はうまく切り抜け、渋谷駅に着くと、バッグのお金がなくなっているのに気づき、発表会のときに盗まれたと思い、先生とアシスタントが怪しいと目星をつけます。この辺り、痴呆症のひとつの兆候を巧みの表しています
 良子はしかも帰える駅名や自分の名前も忘れてしまい、切符を自動販売機の料金口に入れ、駅員を煩わして取戻し、そのとき「おばあさん、気を付けて」といわれ、トイレで鏡を見ると、乱れた髪の艶のない顔があり、ベージュのドレスが浮き上がっています。発表会では嘲笑されていたと思い込みます。
 目が覚めると、病院のベッドです。階段から落ちて、気を失ったのです。権の世話をしなければという意識に焦ります。気が付くと、洋子と真由美がいて、権は洋子があずかっており、大丈夫ということです。二人の会話と呆けている良子の言葉との擦れ違いが巧妙に描かれています。やがて弟の武夫とその嫁の育子が見舞いに来ます。良子は生まれ育った田舎に帰ります。良子の面倒を見ているのは育子ですが、いささか腰の負担などが大きくなります。良子は杖を頼りに近くに散歩に出かけ、育子は三十分ほどして迎えに行くつもりです。しかし良子の姿は見えず、夜になっても帰ってきません。翌日、良子がよく遊びに行っていた権現岳の中腹で遺体として見つけられます。良子の意識と肉体がこの世を離れてゆく有様を情に流されず、冷静な筆運びで捉えています。
 

http:/

 

●●「球形の荒野」(松本清張)

 投稿者:東谷貞夫  投稿日:2013年 3月30日(土)17時53分41秒 e0109-49-132-87-65.uqwimax.jp
返信・引用 編集済
   原作:松本清張
 制作:松竹・1975年
 監督:貞永方久
 出演:芦田伸介、島田陽子、乙羽信子、竹脇無我、山形勲、など

 まず特筆すべきは島田陽子の演技です。竹脇無我は彼女の恋人役ですが、彼女の前ではちょっと幼稚に思えるところが見出せます。また母親役の乙羽信子とは遜色のない立ち居振る舞いであり、最後の海岸では芦田伸介との二人の場面ですが、彼女は堂々と演じていて、むしろ多彩な表情を見せ、芦田伸介とは対等に感じられます。この映画は島田陽子の繊細で芯の入った魅力を際立てています。
 野上久美子(島田陽子)は奈良の古刹の芳名帳に父親にそっくりな筆跡に気づき、翌日、恋人で新聞記者の添田(竹脇無我)と一緒に訪れると、そのページは破り取られています。そこから事件がはじまります。
 久美子の父親の野上顕一郎(芦田伸介)は敗戦の一年前に病気で亡くなったという公式発表ですが、添田はその当時の関係者に接触すると、曖昧な説明であり、逃げ腰になっている気配です。顕一郎はすでに敗北するとわかっている戦争の和平交渉のために連合国側の懐に飛び込み、日本および妻子を捨てたのです。顕一郎の周辺の公使館員またジャーナリストなどは顕一郎の真相を語れず、一般的に日本を裏切る姿勢とも受け取られていて、顕一郎はいわば無国籍の放浪者のような立場です。一億玉砕と唱えていた軍人には私財を中立国の銀行に隠していた者がいます。顕一郎はそのような秘密にも精通し、政財界を揺るがす爆弾です。昭和三十六年でも、戦中の罪悪を忘れ闇の勢力を誇る人物がいて、顕一郎の周辺の外交官は左遷されます。
 顕一郎はフランス人の名前で一時的に帰国しますが、闇の勢力に監視されています。妻や娘への愛情と懺悔の混在した気持ちは打ちひしがれ、もはや父親として名乗り出れません。
 顕一郎は妻や娘とよく遊びに行った海岸で佇んでいます。翌日に日本を立ち、二度と戻らない覚悟です。そこに久美子の姿が現れ、父と娘を名乗ってはおらず、久美子が通り過ぎるとき、顕一郎は「お嬢さん」と声をかけ、久美子は振り返り、二人は見詰め合います。ここで映画は終わっていてもよかったように思います。
 敗戦を見越しての和平交渉の闇が昭和三十六年にもまだ影響していて、さまざまな人間ドラマの曲折が描かれ、物語が展開するにつれ、敗戦直前の不可思議な状況が浮き彫りにされてきて、貞永監督の構想力は称賛に値するでしょう。やはり島田陽子の素晴らしさが印象に残ります。






 

●●「文学街」306号・遠野美地子(東京都)

 投稿者:東谷貞夫  投稿日:2013年 3月28日(木)14時53分1秒 e0109-49-132-54-28.uqwimax.jp
返信・引用 編集済
   遠野美地子「潮流のゆくえ(後編)」(280枚~290枚)

 前篇(文学街・293号)では、幕末の激動する社会状況また庶民の生活風俗にいささかこだわっていて、八丁堀同心の椎倉武兵衛を中心とするストーリー性がやや希薄になっていましたが、今回は武兵衛の息子の哲太郎に焦点を合わせています。政治状況さらに社会風俗を織り込んだ壮大な歴史ロマンです。風格があります。
 明治二年、武兵衛一家は下総の開墾場に移転するものの、農業の困難さに直面し、また天候不順や開墾会社の裏切りなどで二年後に東京に戻ります。同心時代に屋敷に出入りして何かと手伝ってくれた権三の世話で南萱場町の「やぶさか屋」の長屋に住み場所を確保します。権三は人力車の車夫をしていて、哲太郎も人力車を曳き、日本橋や築地また外人居留地に驚き、新しい時代の息吹を感じます。明治五年の銀座の大火は都市計画に弾みをつけ、銀座界隈の建物や道路は新しくなり、その変化は文明開化の象徴です。横浜と新橋が鉄道で結ばれ、横浜のヨオロッパの最先端の文化や調度品などが銀座の唐物屋の店先を輝かせます。新橋芸者が実力をつけ、花街の様相が変わり、木挽町の待合は政財界の奥座敷になっているようです。ランプやビードロまたオルガンなどが居留地の雰囲気を豊かにし、スープやチョコレートも普及しつつあります。哲太郎一家は新富座の近くに移り、武兵衛は太鼓持ちになり、それなりの収入をえて、妹の希和はテイラーに勤め、腕を上達させます。偶然、講武所で技を競った玄葉佐武郎に出合い、貿易に携わっていて、彼の斡旋で税関に勤め、その頃は新しい新聞が創刊され、自由民権思想が論じられ、哲太郎はその思想に染まってゆきますが、直接行動に走るのではなく、論理を極める姿勢のようです。
 佐賀の乱や西南の役は制圧され、そして大隈重信の排除など、伊藤博文を中心とする政治勢力が自由民権運動を抑え込みます。哲太郎は朝野新聞の記者になり、社会情勢を批判する筆を振い、その方向にみずからの将来を見出し、とはいえ時代の流れは自由民権あるいは農民の苦境などを超えて富国強兵策に突き進んでいて、念願の憲法が成立しても、哲太郎の理想とはあまりにもかけ離れています。福島事件や秩父事件に関わった農民また自由民権論者などは国事犯として北海道に送られたようです。
 哲太郎は八丁堀与力の奥村善右衛門の娘の多佳に想いを寄せていましたが、彼女はドイツ人の実業家の妻になっていて、ドイツでの生活が待っています。哲太郎は福島事件に関わって北海道に流された星悌馬の妹の直江とともに未来を切り開く覚悟です。妹の希和は権三と所帯を持ち、テイラーを開くのが夢です。哲太郎は居留地の南の南小田原町に移転していた「やぶさか屋」および隣の地所を買い取ています。
 徳川幕府が倒れてからの二十年――明治政権は産業の振興また軍隊の増強などに邁進し、強力な国家を建設し、そこには庶民の恨みや悲しみは反映されず、それは国家としての宿命なのかもしれません。
 この書き手の庶民の視点による社会絵巻は哲太郎という人物を通して成り立っています。庶民の視線が国家および社会また軍事産業の全体像を捉えうるかは議論の余地がありそうです。
 
 

レンタル掲示板
/16